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DIARY

2000/02/09(水)

赤いドレス
赤いドレス
タンスにかかった真っ赤なドレス。
死を待つ母が着古した地味な服の中で、それは、赤く開いた傷口のようだった。

家族からの知らせに私はかけつけた。
横たわった母を見ると、もう長くはないことを知った。

タンスの真っ赤なドレスに気づいて、
「母さん、きれいなドレスね。でも、着たのを見たことがないわ」と言った。

「一度も着たことがなかったもの…」と母はゆっくり答えた。
「ミリー、お座り。母さんは死ぬ前に、言っておきたいことが二、三あるんだよ」

私は母のベッドのそばに座った。
母は、深い深いため息をついた。
「お迎えが近づくとね、色々なことが判ってくるんだ。
お前に色々教えてきたよね。でも、皆な間違いばかりだった」

「どういうことなの、母さん?」

「つまりね、母さんはずっと、 思い違いをしてたってことよ。
良い女性とは、自分のことを先に考えないものだってね。
何をしても、いつも人のためばかり。
あれをしても、これをしても、いつも人の世話ばかり。
自分のことは、いつも一番後まわしなんだからね」

「そして自分の番が、いつかやってくるだろうって思っている。
でも、勿論やってきやしない。母さんの人生はずっとこうだった。
いつも父さんのため、息子のため、 お前の妹たちのため、
そしてお前のためってぐあいにね…」

「でも…母さんは、母親としてできるだけのことをしてくれたじゃないの」
「ああ、私のかわいいミリー! それではいけなかったのよ。
お前たちのためにも、そして父さんのためにもね。
わからないのかい? 母さんがしてきたことは、ちっともお前たちのためになってやしないのだよ。
自分のために何かを欲しいなんて、言ったことがなかったもの…」

「父さんが隣の部屋にいるけれど、途方にくれて、ただ璧を見つめているだけ。
お医者さんに母さんのことを言われて、ショックだったのね。
ベッドのそばに来ても、 私のことじゃなく、自分のことばかり心配しているんだから。
『死ぬんじゃないぞ! 聞こえるか?この先、わしはどうなってしまうんだ…』ってね。
『この先、どうなるか』ですって?
そりゃあ、きっと大変でしょうね。
フライパンだって自分一人じゃ見つけられないんだからね」

「それに、子どものお前たちだって…
母さん、いつも、どこでも、お前達から使われっぱなしだった。
毎朝、まっ先に起きるのも私だったし、
毎晩、一番あとに寝るのも私だった。

こげたトーストを食べたのも、一番小さいパイを取ったのも、いつも私だった」

「それに、お前の兄さん達ときたら…
あの子達のお嫁さんの扱い方には、全く気分が悪くなるよ。
何てことだ!あんな風に教えてしまったのは、この私なのだから。

あの子達は、女なんて、人の世話をするためにだけ生きてるって、思っているんだからね」

「まったく、私は今まで何をしてきたんだろう?!
ほんのわずかのお金だって節約して、お前たちの洋服だとか、本だとかにあててきた。
そんな必要がないときでもね。

街に買い物に出かけて、
きれいなものを自分のために買ったことなんか、まるで思い出せやしない」
「後にも先にも、去年あの赤いドレスを買ったきり。
その日、母さんは手に20ドル持っていた。
何に使うか特に決めていなかったのだけど、
とりあえず洗濯機の支払いにでもあてようかと出かけたのさ。
それがなぜだか、家に帰る時は大きな洋服箱に変わっていた。
その時の、父さんの嫌味ときたらなかったさ。
『そんなもの着て、どこに行くつもりなんだ。オペラにでも行くのかい』
でも、父さんの言う通りだったかもしれない。
買った店で一回着たきりだもの……」

「ああ、ミリー! 母さんはね、この世で何も望まなければ、
あの世でなんでも手に入るって、いつも思っていたんだよ。

でも、もうそんなことは信じてない。
私たちが、今ここで欲しいものを手に入れることこそ、
神の望まれていることだって、考えるようになったんだよ」

「ミリー、よくお聞き。
もし、今奇跡が起きて母さんが元気になって、このベッドからいなくなったとしても、
お前は私を見つけることができないだろうよ。
なぜって、母さんはまるっきり違う女になってるからね」

「ああ! なぜこんなに長い間、 自分の事を後回しにしてきたんだろう?!
いざ自分の番が来ても、どうしたらいいかわからないかもしれない。
でも、そのうちコツを覚えるさ。
ミリー、母さんはきっと変わってみせるからね」

タンスにかかった真っ赤なドレス。
死を待つ母が着古した地味な服の中で、
それは、赤く開いた傷口のようだった。

「ミリーや、母さんみたいにはならないって、約束しておくれ」
それが、私への最期の言葉だった。

「母さん、約束するわ」
母は安堵したかのように、 息を大きく吸うと死の世界へ旅立っていった。


-作者不明:キャサリン・コリンソン博士寄稿-





これ転載なんだけどさ・・・

なんかいいでしょう?



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